ヴォーリヤ・イ・アホータ 

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感想『人類は衰退しました』(田中ロミオ、ガガガ文庫、2007)

久々に読んだライトノベルの感想です。
著者の田中ロミオ氏は、PCゲームが原作でPS2にコンシューマ落ちもしている恋愛アドヴェンチャー的なゲーム「CROSS†CHANNEL」のシナリオを担当するなど、いわゆるエロゲシナリオライターが本業の方なのですが、この作品でもって「作家デビュー」なのだそうです。
この作品を買ったのも、「CROSS†CHANNEL」でのデカダンぶりに惹かれてというのもあり、またタイトルがまんまデカダンス臭芬々たるものがあったためですが、その内容は中々に予想通りでした。

≪奈須きのこ的≫
私はこの小説作品に対して、読む前から、「奈須きのこ的」な表現方法を期待していました。
私の言う「奈須きのこ的表現」というのは、簡単に言えば、寓意表現と象徴と化したキャラクターで埋め尽くされた世界観で展開されるデカダンスの小宇宙です。
それを作者が意図的にやっているかどうかは別として。
奈須きのこの場合は、もしあの表現を意図的にやっているとしたら神業としか思えないほど巧妙に出来ています。それこそ尊敬の対象どころの話ではありません。
対して田中ロミオは・・・。
あとがきを読んでみると、タイトルは商売を意識して付けられたと言っていたりすることが、微妙に意図性を感じさせ、また表現の複雑さも奈須きのこほどではなく、この程度ならば意図的に行えるだろう、というレベルなので、こちらは意識して作られた作品であると見ても良いかもしれません。
しかしそんなことは問題ではないのです。
作者が意識していようがしていまいが、要は作品として完成されているかどうかなのであり、そこに作者の意図性などもはや問題外。個から生み出されたものもまた個である。ならば作品として完成された時点で作者の問題は作品評価の基準から外されてしかるべきでしょう。
そうして見た場合に、この作品は私の期待通り、奈須きのこ的な作品として出来上がっていると思えるものでした。
要はそのままの意味以外の意味を持ったガジェット(登場人物、環境など)で構成されている、ということ。
この表現方法の持つ利点は、先述した商売を考えたタイトルネーミングの件を考え合わせて、ライトノベルとしての一面をちゃんと持たせること、すなわちエンターテインメント性を持たせることに成功しつつ、それだけでなく、楽しめる人間には楽しめる奥の深い解釈の余地が残されていることで、作品の味わいを深くすると同時に、高尚なものにすら変化させうるということ。
こういった相対性の豊かさが私の好みに合致しました。
私の信念(偏見と言うべきかもしれませんが)として、
「文学は相対的なものであり、数学は絶対的なものである」
というのがあるので、本作品は、文学をこよなく愛する(=相対的なものをこよなく愛する)私の好みに見事合致し、次巻の購入意欲を増進させることに成功するのでありました。
<了>
 
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